大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和28年(オ)294号 判決

埼玉県所沢市星ノ宮一一七二番地

上告人

石川タミ

右訴訟代理人弁護士

畠山霊賢

籠宮慎一

東京都中央区日本橋江戸橋一丁目四番地

被上告人

伊藤喜右衛門

同所同番地

被上告人

多々良幸男

右当事者間の建物収去土地明渡請求事件について、東京高等裁判所が昭和二八年二月一九日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

論旨第一点は、単なる訴訟法違反の主張であり(所論の準備書面は口頭弁論においてこれに基ずき陳述された形跡が認められない。)、同第二点は、事実誤認の主張であり、同第三点は、単なる訴訟法違反の主張であり(所論の証人は争点に対する唯一の証拠方法ではないから原審がこれを訊問しなかつたからとて違法とはいえない。)、同第四点は、単なる法令違反の主張であり(前段所論の原審の事実認定はその挙示する証拠に照らし肯認するに足り、また後段所論の本件保存登記の効力に関する原審の判断は正当である。すなわち原審の確定した事実関係によれば、所論保存登記には目的建物の所在地の地番の表示において誤記があるけれど、当該建物につきなされた登記と認め得るから、その保存登記として有効であるといわなければならない。そしてかかる有効な登記であればこそ、その誤記が更正されれば当初より更正されたとおりの有効な登記が存在したこととみられるに至るのである。)、同第五点は、単なる訴訟法違反の主張であり、すべて「最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律」(昭和二五年五月四日法律一三八号)一号ないし三号のいずれにも該当せず、又同法にいわゆる「法令の解釈に関する重要な主張を含む」ものと認められない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岩松三郎 裁判官 真野毅 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 入江俊郎)

昭和二八年(オ)第二九四号

上告人 石川タミ

被上告人 伊藤喜右衛門

外一名

上告代理人畠山霊賢、籠宮慎一の上告理由

第一点 原判決には「理由不備」の違法か裁判の遺脱あり破棄を免れないものと信ずる。

即ち原判決は上告人が昭和二十七年十一月十四日附控訴人の準備書面において次の通り被上告人伊藤喜右衛門の本件土地使用は使用貸借にしてしかもその契約は解除されていると主張しているのに対し何等の判断を示していないが右は理由不備と謂はざるを得ない。

而して昭和廿七年十一月十四日附控訴人の準備書面第一項には

「被控訴人伊藤は本件宅地の前所有者林原両名との間に賃貸借契約を締結したものではなく一時使用を許されたに過ぎないものである

蓋し甲第十号証に明らかのように本件宅地を含む中央区日本橋江戸橋一丁目四番地の宅地六十五坪九合五勺也は道路から向つて左角の約七坪(本件宅地と別個のもの)を被控訴人伊藤に従来賃貸して居たのみで残部の五拾九坪は先々代より自己家屋を所有し代々運送業を盛大に経営して来たが昭和廿年五月廿五日の空襲で右地上建物が焼失し一時疎開の止むなきに至つたが先祖からの営業所でもあり戦争の終り次第自宅を建てようとして居たところ同年十二月廿九日夕方伊藤が夫である辰次郎が不在で妻やす一人の所に来り「住む所がないから一時本件宅地である焼跡の倉庫跡に小家を建てさせて呉れ」と頼んだが右林原方では先祖の土地で永年住むだ所であり自分で建てるので貸すことが出来ないと断つたが「事情は能く判つて居り御入用の節は何時でも明渡すから暫時で良いから」と懇願するので一時小屋を建てる事を許したに過ぎないものである。

其後隣地の森岡興業の賃料を取りに行つた際右伊藤の妹である被控訴人多々良の母とくが一時であつても只で使わせて貰う訳には行かぬからと無理に受け取つてくれと云うので只一回丈七百円程貰つたに過ぎないものである。此の点に関する原審(第一審)に於ける林原芳雄の証言

「七、右の様な関係で昭和二十年九月頃伊藤喜右衛門が来て土地を貸してくれと云う申出があり林原の方としては祖父の時代から住んで居た土地で家を建てなければならなかつたので断りましたが其後喜右衛門が何回も来て貸してくれ〓と云つて来ましたので林原方で必要な時は何時でもすぐ明けると云う約束で森岡に使わせた三十二坪の後の二十五、六坪(七坪を含めて)の土地の一時使用を承諾しました。」

「九、使用料については昭和二十一年春頃母が日本橋に行つたとき喜右衛門からたゞで借りているわけにも行かぬからと云つて半年分の使用料ハツキリ憶えていませんが七百円余りを貰つたことがありました。其後は一銭も貰つて居りません又喜右衛門の方からも持つて来たことはありません。」との証言。

又林原やすの証言にも

「六、其後伊藤から倉庫の焼跡にバラツクを建てさせてくれと申し出があつたので必要な時は何時でも明けるといふ約束で一時貸すことを承諾しました。」

とあるように林原の要求次第何時でも明渡す特約のもとに一時使用を許されたに過ぎないものであつた。

そこで林原ではいよ〓復興を計るべく昭和二十二年秋頃前約に基き明渡を要求し其後拾数回に亘り嚴重抗議を申込んだが常に不在と云つて会見せず会つても前言を飜す状態であつた被控訴人等は何れも原審に於ける本人訊問の際此の事実を否認する態度に出たが被控訴人多々良幸夫は「十三、昭和二十二年に入り母や喜右衛門から権利金をくれるか又、権利金を払わないなら本件土地か九坪の土地をどちらか明けてくれと謂ふ交渉がありましたことを聞きました」と証言し総ては知らぬ存ぜぬと言い張る被控訴人とても暗に明渡要求のあつた事実を肯定して居るので尠くとも右使用貸借は解除となつて居る事は明らかである被控訴人等は七八百円の金員を払つている事から賃貸借契約だと主張するかも知れぬ其の厚顔に驚かざるを得ない。

所有者側としては甲第七号証第八号証により明らかなやうに右土地に関しては本件宅地を含む六十五坪九合五勺に関しては今日迄の税金丈でも拾数万円を下らざる出損をしているのである。

然るに人情にほだされ一時気の毒と思つて許した事実を楯にあく迄使用を継続せんとするは社会的にも許さるべきではない被控訴人は乙第一号証乙第二号証乙第四号証を提出さも普通の賃貸借であるが如き事実を立証せんとして居るが原審証言調書中林原芳雄の「乙第一号証を示す十七、証人はこの書面を知りません、見たことがありませんこれに捺してある判は林原の家にはありません、日本橋江戸橋壱丁目四番地の内一ケ月に対し一金拾八円也という字は誰が書いたか知りません父母兄弟の字ではありません、「林原辰次郎」の字も父母兄弟の字ではありません、乙第二号証を示す十八、証人は全然憶えがありません。

乙第四号証を示す十九、証人はこの書面を見たことがありません「林原」の印を見たことはありません父母兄弟でかような判を持つている者はありません。

又これに書いてある「林原基雄」といふ字も父母兄弟の印でなくこのような字を書く人はありません。二十、昭和二十一年四五月頃喜右衛門が建築土地使用承諾書に判を捺してくれと云つて来たことがありましたが黙殺して承諾して居りません」とあり又やすの証言中「乙第一、二号証を示す九、第一号証は知りませんこれに捺してある判も知りません。

又誰が書いたかも判りません。乙第二号証も知りません。乙第四号証を示す十、この書面も知りませんこれに捺してある判も証人のところにはありません」とあり又多々良幸夫の証言中「乙第二号証を示す二十四、これは私名義になつて居りますがどうして私名義になつているか私には判りません」とあり又伊藤の証言中「乙第四号証を示す四、この土地使用承諾書は知りません登記の手続の話はきいて居りますが私がやつたのではありませんから其の間の事情は知りません」とあるによつても総ては偽造文書である事は明らかで前所有者林原の何等関知せないものである」。

と主張しているに拘わらず原判決にはこの主張に対して何等の判断を示していない。

右は理由不備の違法か裁判の遺脱あり破棄を免れないものと信ずる。

第二点 原判決には事実誤認の違法があり破棄を免かれないものと信ずる。

即ち被上告人伊藤喜右衛門の供述には

「四、(前略)

登記の手続は話は聞いておりますが私がやつたのではありませんからその間の事情は知りません」(中略)

「七、本件土地の登記を一丁目十四番地にした事情は知りません」

とあり又原審に於ける供述においても「登記の事は全然知らない。」とあるに不拘原判決においては右被控訴人(被上告人)伊藤の供述によつて本件建物の「最初の保存登記の」所在「地番の間違は被控訴人伊藤喜右衛門の錯誤に出たものと認め」ている。かくの如く「全称否定の前提からかゝる肯定の結論の生れる理由なく」原判決は全く事実誤認に基くものと謂はざるを得なく当然破棄せらるべきものと信ずる。

第三点 原判決には「審理不尽」の違法があり、破棄を免れないものと信ずる。

即ち上告人は原審において被上告人伊藤喜右衛門が債権者からの執行を免れ又はこれを阻止するため故意と本件建物の所在地番を違えてその保存登記をしたものであるから無効であると主張しその立証として右債権者たる証人平出慶一の訊問を申請したるに対し原審においてはそれを採用せざる儘結審の上原判決において「控訴人の全立証によつても被控訴人伊藤喜右衛門がこのような悪意をもつて右登記をした事実を認める事が出来ない。」と判断しているのは審理不尽と謂はざるを得ない。従つて原判決はこれを破棄すべきものと信ずる。

第四点 原判決には法令適用の誤があり破棄すべきものと信ずる。

(一) 先ず本件建物の保存登記の効力につき原判決はその理由において何等の証拠なく「被控訴人伊藤喜右衛門の錯誤に出たものと認め」ているが右は挙証責任の原則適用を誤つたものと謂はざるを得ない。

即ち最初の保存登記がその地番に誤謬があるならばそれについては主張者にそれを立証すべき責任があり且つそれが錯誤によるものならばそれを錯誤なりと主張する被上告人において立証すべき責任があるのであつて「故意に地番を間違えて保存登記がなされたものであるとの上告人の主張は被上告人に対する抗弁に対する否認と見るべく、これを再抗弁となすは、立証責任の原則の適用を誤つたものと謂はなければならない。

(二) 次に同じく本件建物の保存登記の効力につき

原判決はその理由において「最初の保存登記はまだ更正登記をしない以前でも、本件建物の登記として効力を存する」と述べてゐるが登記は正確に事実を表示してこそはじめて効力あるものであり、若し誤つた保存登記が有効ならば後日右登記を更正する必要は毫もなきものであつてその誤りであること明白である。

即ちこの点に関しては上告人はすでに昭和二十七年十一月十四日附控訴人の準備書面第二項に於いて「仮に万歩を譲り前所有者林原との間に正式の賃貸借契約がありそれが一時使用でなく又解除の申入も無かつたものとしても借地権の登記もなく建物の登記もない以上新所有者である控訴人には其借地権をもつて対抗し得ないものである。

もつとも昭和二十三年十一月二十二日附で地番の異なる一丁目十四番地の登記があり本件訴訟が提起されてからである昭二十七年四月四日に一丁目四番地の十二を更正登記はしたが右当初の登記は本件建物の登記であつたか否や不明であり仮に本件建物の登記であつたとしても誤謬でなく故意に違へて登記したもので後日更正登記をしたとしても当初保存登記の日に其の効力を遡らすべきものでない。

元来被控訴人が昭和二十六年八月二十八日附準備書面に陳述しているように徳川時代から代々居住の地であると主張して居るそれが地番を間違つて登記する等は到底想像も為し得ないところである。

而も登記のみを間違つたと云うならまだしも甲第九号証により明らかに区役所への届出も間違つたと云うに至つては何等か他に目的なり理由があつて自分故意に為したものであることは明らかであつて真に誤謬であるや否やは自分が立証すべき筋合である。

而も自分が誤謬なりとして更正登記を為し乍ら原審に於ては其証言で本件土地の登記を一丁目拾四番地とした事情は知らないと云つて居るのは不当である元来宅地を買受くる者にあつては買受の際其の地番に建物の登記其他の瑕疵が無きや否やを確めれば足りるもので他に地番を違へて登記があるや否やを確める責任なく且つ確める事は至難である然るに後に至つて他に地番の異なる登記を誤謬なりとして更正登記し其効力を簡単に遡及せしむる結果となるに於ては不動産取引の安全性を害する事論を俟たざる所であつて尠くとも誤謬なりと主張する者に於て真に誤つて為されたものである事を立証すべきである。

然るに原審に於ては其の立証責任を被害者である控訴人にあると判断して居るは誤りである。

而も既述の如く先祖代々居住の土地の地番を間違へると云うが如きはあり得べからざる場合に於ては特に然りである然らば後日本訴提起があつたからと単に更正登記が為された事によつて其登記の効力を当初の保存登記の日に遡らしむるは不当であつて此点からも新所有者である控訴人には対抗し得ないものである」と主張しているのである。

右の如く原判決には法令適用の誤りがあり破棄を免れないものである。

第五点 原判決には裁判の脱漏あり、破棄すべきものと信ずる。

即ち訴訟費用に関し本件建物の保存登記が間違つてなされていた為に、上告人より被上告人等に対し提起された事件であるが故に総て上告人の請求が理由なきものとしても被上告人伊藤により昭和二十七年四月四日更正登記をしてからの訴訟費用についてのみ上告人に負担せしむべきであるが

上告人は原番において「訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする」との判決を求めたのに対し、原判決にはその主文において「控訴費用は控訴人の負担とする」との判決を為し第一審の訴訟費用につき判決を為さざるは裁判の脱漏と言うべく原判決は破棄を免がれないものと信ずる。

以上

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